木曽路はすべて山の中
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戦国時代が終わり新たな町づくりがすすめられると、城郭・社寺建築の木材需要の急増は全国的な森林乱伐をもたらした。森林資源が地域の経済を支えていた木曽谷も江戸時代初期に森林資源の枯渇という危機に陥る。所管する尾張藩は、禁伐を主体とする森林保護政策に乗り出し、木曽谷の人々は、新たな地場産業にくらしの活路を見出した。 | |
日本遺産(Japan Heritage)とは | |
我が国の文化財や伝統文化を通じた地域の活性化を図るためには、その歴史的経緯や、地域の風土に根ざした世代を超えて受け継がれている伝承、風習などを踏まえたストーリーの下に有形・無形の文化財をパッケージ化し、これらの活用を図る中で、情報発信や人材育成・伝承、環境整備などの取組を効果的に進めていくことが必要と考えられています。 文化庁では、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として認定し、ストーリーを語る上で不可欠な魅力ある有形・無形の様々な文化財群を総合的に活用する取組を支援しています。 | |
日本遺産ロゴマーク | |
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「日本遺産(JapanHeritage)」の認定について | |
平成28年4月25日、木曽地域(南木曽町・大桑村・上松町・木曽町・木祖村・王滝村・塩尻市)の文化遺産を紹介するストーリー「木曽路はすべて山の中 ~山を守り 山に生きる~」が、文化庁から平成28年度の「日本遺産(JapanHeritage)」に認定されました。これは、長野県内は初めての認定です。 | |
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